どうして映画会社がゲームを?
日活 住田陽一Pの映画&ゲーム哲学!

 

 考え方の基本は“映画”

――映画とゲームの両方の制作に携わってみて、どうのような違いがあると感じましたか?

 人によって感覚が違うとは思うのですが、映画のような映像コンテンツ作るときはいわゆる台本があって、そこからキャストや撮影をどうしようかという話になる。そのあと、編集が入って初号を経て、公開になる…… という感じで、厳密に締め切りが決まっている。特にテレビだと放送日が決まっているので、確実にここまでに仕上げなければいけない、という締め切りからの作り方だと思うんです。
 あとは、映像は撮影すると編集する前になんとなく全体が見えたりする時があるんですけど、ゲームはどちらかというとα版を作っても、結局それがどうなるのか見えないところがありますね。何か新しい要素が入ったとして、現場で見ているとなんとなく変わったとわかるのですが、それを説明するのが難しい。

――確かに、ソフトウェア開発とも少し違うし、特殊な環境なんでしょうね。

 関わっている人もすごい多いし、映画のようにディレクターや撮影部とセクションが別れていて、上に立つ人がやっていけば動くみたいなこととはちょっと違う。そこが面白くもあり、不安なところでもありますね。

――ゲーム業界では横並びの鞘当みたいなものがあって、あそこがこれをやった!負けられないからこっちはこれだ!みたいな動機で企画や仕様がスタートすることもあるのですが、住田さんはそこともちょっと違うところで、一度理論に落とし込んでいますよね。

 そもそもゲーム会社じゃないというのが大きいですね。あくまで映画しかやってこなかった会社なので、どこまでいっても考え方は映画なんですよ。

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――先ほどの住田さんのvitaにはギャルゲー市場があるはずという分析はすごく妥当ですよね。ゲームではそういった分析を突き詰めている部分と、営業努力などが少なくても、すごく物が売れた、という時代の文化が未だ入り混じっている感じです。
 じゃあ今後どう生き残るのかという話になったとき、スタッフにもユーザーにもちゃんと説明して狙ったところに連れて行けるような人間が必要だと思います。映画の現場にはそういったコミュニケーションのあり方がより強く存在しているように思います。

 一つの原作を映画にするときにすごくいろいろなことを考えないといけないんです。監督やキャストをどうするか。この原作の中身をそのままやったほうがいいのか、それともオリジナル性をいれるのか。どうやっても撮影できないところはどう切り落とすのか。そうやって原作をどう調理して映画らしさを出す作業っていうのが、プロデューサーなり監督なりの手腕で、そこをすごく考えないといけない。
 逆にほとんどのゲームは原作がなくて、0を1にするということがすごく大事。映画はどちらかというと1をどう広げていく考えなので、そこのスタートラインが少し違うのかもしれませんね。
 ゲームだと、一番のヒットを生むのは、一番最初に1を考え出して作ったところですから。

文化先行の映画、技術先行のゲーム

――ゲーム業界では、その文化の歴史や文脈を踏まえて、そのうえで「夕闇通り探検隊」みたいなものを今やってみる意味とは、みたいな考え方が意外と主流的ではなかったりします。

 映画でも、その時期の流行りのキャストや監督を積み上げていく考え方はするのですが、ゲーム会社のスピード感は早いですね。

――恐らく、技術というものの存在感が大きいんだと思います。新しいハードが出てそれによりできることがどんどん増えていく。その上でいま熱いテクノロジーはこれで、それを使えばこういことができるよっていう。基本的にはそういった技術面で押していく。
 映画の考えだと、例えばホラーを作るときはまず「ゾンビ」があって、そのうえで「片腕マシンガール」ってなんなんだろう? っていう考えがみんなの頭の片隅にあるじゃないですか。そういう歴史の連続って以外とゲームでは日々の意識としては薄いイメージなんですよ。それは文化先行なのか、技術先行なのかの違いなのかもしれないですけど。

 その分、自分自身では「すげえな!」っていうアイデアは出にくいかとは思います。なので、いかにそこを積み上げていくのかという感じにはなりますね。

――そこはスタッフのほうからアイデアが出るかもしれないですよね。

 そうですね。その時に門を開けるようになれればいいなと思ってやってますね。

――ゲームは「よくわからないけどすごい!」みたいな現象が起こりやすいんですよね。映画だと、この最新カメラの撮影がすごい、というのは業界の人にしかわからない。一方、ゲームだと初めて「ファイナルファンタジー」が3Dになったときはみんなが驚いた。そこは一長一短があると思います。

 ハリウッドでもあっという間にCGがすごいことになって、「これ、どうやってレンダリングしてるんだ!?」みたいなことは気にしちゃうんですけど、個人的には大味でも面白ければいい。たぶんどこのお客さんを狙っていくのかというのは、ゲームも一緒だと思います。

スマホゲームの未来

 ゲームをやってみて思ったのは、今日本はスマホで遊ぶという文化が根付いているんですね。

――海外はそれがあまりないという話ですが、僕はたぶん将来的には海外でも同じようになると思います。僕はやっぱり日本はゲーム先進国だと思っているんですが、海外だと大人が携帯電話でゲームをやるというのはまだあまり一般的ではなくて、3DSもどちらかというと子供のおもちゃという定義です。でも、何年か先には日本と同じようになっていくと思います。日本はいつもゲームの未来を先取りしているようなところがありますし。

 2年前に海外のゲームショウのPAX EASTに行った時には、ゲームって言った時にテレビゲーム以外のゲームもたくさん出ていました。ボードゲームやカードゲーム、全部合わせてゲームっていう考え方なんですね。
 そうすると子どもも遊んでるし、いわゆるオタクも遊んでる。ゲームに対する認識がすごい広いと思うんですよ。だから、デバイスがいろいろあっても、全部合わせてゲームだから別にゲームがやれればなんでもいいんだよって考え方が海外にあると思います。
 日本はどちらかというと、ゲームはオタクのものだという時期が長かった。それが今ではスマホだと許される環境が増えてきている。

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――かつては学校でクラスの女子が「ファイナルファンタジー8」をやっている、という話を聞いて「女の子がゲームやるの?」なんておどろいた、というような時代もありました。今はそういった端緒が拡散して、ゲームのみならずデジタルコンテンツがより身近なものとして存在している気がします。

 思うにそれによりスマホの中でも時間の取り合いが起こってしまっているんですね。今後コミュニケーションツールとしてもっとすごいものが出てしまったときに、たぶん日本では今ゲームに使っている時間がそっちに流れていくと思うんですよ。
 海外はそれとは関係なく、ゲームはゲームっていう時間を作るっていう感覚なんだと思います。ゲームをする人たちはゲームする時間を常に持ち歩く。日本はどちらかというとトータルの時間の中でゲームに割り振っているので、違うツールが出てきたらそこに取られてしまうという感覚の違いはあります。

かつての名作を現代に

――今後の展開についてのお考えを聞かせてもらってもいいですか?

 海外に売れるものを一つの軸にしたいとは思っています。自分はコンシューマーで育った人間なので、どうしてもそこに引っ張られるんですね。例えば、海外で売れるゲームを作るって考えたとき「ファイナルファイト」のようなものがいいのかな、とか。それで女子高生が主人公で「片腕マシンガール」みたいな作品をベルトアクションにしてみよう、といったことは思い浮かびます。アーケード版の「エイリアンvsプレデター」を復活するとか(笑)。やっぱり昔の名作のエッセンスを入れてゲームを作れないかなっていこうことは考えています。

――自分の経験の中にあるものを作っていくという。

 そういう意味ではまったく新しいものではないかもしれませんね。もちろん、同人とかデジゲー博のほうで新しいものを作っている人たちが育てばいいなとは思っています。反面それをどうやって広げていけばいいのかというのは課題ですね。
 あとは、日活にはたくさんのIPがあるので、それを上手く活用できたらいいなとは思います。石原裕次郎や小林旭を今の若い子たちは知らないので、それをどうやってゲームに落とし込めるのかを考えるのはアリかな。

――カードゲームとかいいかもしれませんね。

 カードがいいのかそれとも乙女ゲーまで吹っ切ったほうがいいのか、それはすごく考えています。昔の歌謡曲を、今の声優さんたちが歌うだけで何か違うものが起きるんじゃないかな。それをどうやって自分の会社に通すのかという話ですが(笑)。

――そうですね、そこが一番のポイントだというのは、映画もゲームも、あらゆるエンターテイメント文化に共通するものなんでしょうね。本日はどうもありがとうございました。

 ありがとうございました。

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(編集後記)

 今回のインタビューで感じたのはインタビュー内でも度々登場している「文脈」「歴史」といった言葉に象徴される住田氏のバックボーンの力強さだ。

 僕も部分的に経験したことがあるが、映画の現場では文化的な歴史を背負った戦士たちが怒号を飛ばし合って作品作りに邁進している。

 ゲームももちろんそれに負けない熱量で作られているのだが、ロケがなかったりというハード的な部分から、その見た目は怒号なども少なく若干スタティックなのもまた事実。

 

 阿鼻叫喚のバブル時代を経て、種々に煮詰まってゆくのがあらゆるエンタメ業界の理ならば、今後、ゲームもまた様々な文化のぶつかり合う、戦国時代へと突入していくことだろう。

 その中にあっては間違いなく住田氏の視点が「活きる」ことだろう。その時に我々も彼と同じ地平で仕事ができていることを強く願った。

 ゲームだろうと映画だろうと、あらゆるクリエイティブの現場では、死中に活を求めることが日常だ。

 我々も、住田氏も、そんな日常へと帰る。

 再び見えるその日まで、歴史の中に身を埋め、ひたすらその牙をとがらせるために。

 

 

聞き手:友野祐介 この会社の社長

写真・テキスト:北村了介 この会社のスタッフ

 

 
 

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